2013年05月14日

相当因果関係 @かがみもち

法律用語って、ときに、人の心を傷つけますよね。
昨日の「ふくしま復興共同センター」主催の政府・東電交渉で、それを実感した場面がありました。

原子力規制庁、復興庁、経済産業省、文部科学省との交渉もさることながら、
東電のみなさんとの交渉は、「相当因果関係」という言葉に振り回されました。

きっかけは、私の質問。
「今年も高校のプール授業は行わないこと、小学校は今年も運動会を短縮することが早々と決まりました。保育園では除染が終わった園庭では遊んでいるけどお散歩には行けない日が続いています。先日、保育園の遠足で線量の低い地域の野山で遊んできましたが、子どもたちの体力が落ちているというより、体力がついていないことを痛感しました。精神的被害というより、体力をつける機会が少なくなっているという実害だと思います。ここ福島市でもそういう状態であることが続いているという認識はありますか?」
認識いているか、していないか、答えはそれだけでよかった。
「認識があるのなら、誠実に対応してほしい。」と話を続けるつもりでいました。私個人としては、お金の問題よりも、除染とか就職作業とか、廃炉とか、ちゃんと対応してということを言いたかったのです。

東電さんの回答
「そのようなご努力やご苦労は存じておりますが、中間指針(文科省が出してる賠償に関する指針)と照らしても相当因果関係はないものと…」

相当因果関係…社会通念上、Aという行為からBという結果が生じることが相当であると考えられる場合にのみ、法律上の因果関係を認めるとする考え方。因果関係の有無を判断するための法律上の概念。犯罪の構成要件に該当する行為や損害賠償の責任を負う範囲を適切に制限するために用いられる。[デジタル大辞泉より]

昨日は私の隣や後ろに座っていた保育士さんたちの驚きよう。
そりゃそうでしょう。だって、彼女たちが子どもたちの不要な被ばくを極力抑えながら、体力をつけるためにやってきた努力、食品検査器で測りながら給食を作っていることなどが、まるで心配しすぎで勝手にやっている努力とでも言いたそうな表現だったのですから。

その他の賠償に関するものを含め、このやり取りを見ていた文科省の担当の方も、
「中間指針は最低基準であって、それ以外は認めないとか、それ以上のことをやってはいけないということは一言も言っていない。とても違和感を感じる」と感想をおっしゃっていました。

東京電力の立場になってみれば、この回答はしょうがない。相当因果関係を認めれば莫大な賠償費用がかかり、会社の存続に関わりますものね。

だけど、ここで踏ん張っている私たちの前で、その言葉は使ってほしくなかったな。

うまく表現できないけれど、私たちが相手にしている東京電力は、あらためて「大企業」なんだなと思いました。ほんと、うまく表現できないけど。

かと言って、引き下がるつもりもないですけど。

ただ、ひとこと。
なんだかなぁ。



posted by ふくしま復興共同センター子どもチーム at 11:45| Comment(1) | つれづれ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
↑この記事。

なんだが静かなトーンで書いだげんちょも、
会場さ、ちゃぶ台があったら、なんぼひっくり返ったがわがんねくれ、紛糾したがんね。

保育園の先生だぢ、東電の人だぢ帰っても、涙止まんねがったがんね。

ほんでもって、「ぜったい負げでらんにっ!」って思ったがんね。

いや、ぜったいに負げねがんね!

Posted by かがみもち at 2013年05月15日 17:43
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